菅田 健三宗匠 一周忌の法要に参列して
7月 2014
Closed
大慈院へ

聚光院の正門
去る、7月23日に大徳寺大慈院で執り行われました、菅田 健三宗匠(以下宗匠を呼ばせていただきます)の一周忌の法要に参列してまいりました。 訃報に接してからのこの一年はとても早かったと感じられました。先生はいつもお稽古の中で、宗匠の思い出話をしてくださっていますので、恐れ多くも身近に 感じながら日々を過ごさせていただいます。
当日は少し早めに大慈院に伺いましたところ、まだどなたもいらっしゃらなかったので、係の方のご案内で菅田宗匠のお墓参りをさせていただきました。墓前では今日ここに有る事の感謝の気持ちをお伝えし、天国ではいかがお過ごしなのでしょうかとお尋ねしてみました。
その後に聚光院へ利休さんと代々のお家元のお墓参りをさせていただきました。これからもお茶の道へ進めますようにとお祈りいたしました。
法要は大慈院の本堂で執り行われました。冷房がないので係の方が熱中症を心配されていましたが、ほんわり温かい空気の中にすーっと時々風が通りまし た。素晴らしいお声で、般若心経、観音経とお経が続きました。宗匠を思われる周りの皆様の思いが伝わってくる感じもあり、座りながらとてもいい気持ちになっていきました。順番に皆様がお焼香され、一時間弱くらいで法要は終わりました。
当日は朝一番に表千家北山会館へ参りました。少し時間がありましたので、映像資料のコーナーで社中の皆さんと相談して選んだ映像が始まってみて驚きました。なんと宗匠のお話だったのです。お題は平成6年の定期公演会の抜粋である「席入り後の拝見/膝をくるということ」でした。
「席入り後の拝見」については、客同士がどうすれ違うのか、思いやりをもって自身の行動を考えることが肝要との内容でした。
「膝をくること」については、宗匠の私見としてとても興味深いお話をなさっていました。古今東西、尊いものを前にした人間がその場を下がる時、数歩下がって敬いの気持ちを表してから方向転換をしてきた。狭い茶室では床の間などの尊いものを前にしても数歩下がる余裕がない。よって茶道では引き下がる敬いの気持ちを表すために膝を繰るようになったのではないか、ということでした。
私が存じていますより少しお若い宗匠の、とても分かりやすいユーモアを交えたお話に引き込まれました。会館の方にお伺いしたところ、定期公演会の他の映像にも宗匠のものがあるそうです。また近いうちに宗匠の話しを伺いに参りたいと思いました。
宗匠の法要に参列させていただき、利休さん、代々のお家元のお墓参りができたこと、朝の北山会館で偶然宗匠のお話しが伺えたこと、呈茶席で先生のお点前でお茶をいただけたこと、と一日の間に沢山の素晴らしい時間を持つことができました。全てがお茶の繋がりの中にあり、とても幸せな一日でした。(宗裕)
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本日の掛け軸は「日月無偏照」。先生がお家元の初釜のくじ引きで引き当てられたお軸です。公平に誰のもとにも日や月の光が照るという意味でしょうか。今有ることに感謝するという意味も感じられます。お家元の力強い筆跡や言葉から力をいただきましたし、先生の強運力からも元気をいただけるようでした。
じです。雨が少なく晴れの日が多いからなのでしょうか。
いけない、お茶を点てることもまた大事である、という意味合いのようです。
本日は梅雨空でしたが、襖を開けるとそこは別世界、御軸は「水冷々風
金魚を飾り、、。新たなお稽古の始まりは、いつもこうした背筋が伸びる心地と学ぶ楽しみでワクワクを胸にスタート致します。
改めて感動致しました。
から。水屋で掛紐の解き方、巻き方を全員で練習して、お茶室へ。床の間にはお軸が立てかけられ、清楚な利休むくげの花が迎えてくれました。まごつきながらも、ひとつひとつ丁寧にご指導いただき、実際にしてみて気づくこともたくさんありました。
飾りで使った「雲悠々水混々」のお軸を仕舞い、表具屋さんから届いたばかりの先輩のお軸がとても素敵だったので 掛けさせいただきました。上品な色合いの表装で「花月」の書が引き立っていました。
にはお腹もすいて、絶妙なタイミングでお茶をいただくことができました。よもぎ香る先生お手製の主菓子とお濃茶をよばれて、

梅です。もしかしたら・・・先週のお軸の青梅を摘んできて下さったのでしょうか。調べてみましたら、今は「梅子黄(うめのみきばむ)」の候です。熟す前の青梅のなるころです。
お花は珍至梅です。近くに寄ると梅のような花が可愛く咲いています。
字は御菓子がとりやすく、温かみがあります。(宗裕)